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狂気の時代の異端者 - ジョー・アバクロンビー 232度インタビュー

私たちはアビレスでジョー・アバクロンビーに話を聞き、現代ファンタジーの進化、ジャンルのトレンドを先取りする驚くべき才能、なぜ贖罪が過大評価されがちなのか、ビデオゲームが彼の文章にどのような影響を与えたか、スクリーン上のThe Devils の未来、今後公開予定の『ザ・ヘレティクス』、そして次の『ラブ』の波について少し話を聞きました。 『死とロボット』。

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"Gamereactorの皆さん、こんにちは。僕にとってCelsius 232での2日目だ そして、ここにはスターの一人が一緒にいる。 みんな君と話したがるんだ。どうしてなのか、理由は分からないけど。 君はこのフェスティバルととても縁が深く、ここにはもう数年通っているね。 今年はどんな感じか? 毎年そうだが、今年も最高だ。 15年ほど前の第1回にも参加したんだ これで通算11回になると思う。 5歳くらいの頃に参加した時は、かなりカッコいいと思ったものだ。 今や11回目となると、まるで日常の一部のように感じられるのかもしれない。よく分からないけど。 あの数年で、かなりの数の本を読んだことになるな。 三部作の構成について聞きたいんだ。 君には三部作がたくさんある。『ザ・ファースト・ロー』、『エイジ・オブ・マッドネス』、そして今回の『ザ・デビルズ』だ。 では、それをどのように取り組んでいるのか? 創作活動を最初からどのように区切っているのか 完全な三部作になる、あるいは三部作へと発展できるように、 私にとって、三部作というのは、複数部からなる物語にとって常に自然な長さだと感じていた。 始まり、中間、そして終わりがある。 第一作で物語の土台を築き、最終作でその結末を導き出し そして、中巻では物語を紡ぎ、登場人物を掘り下げていくことができる。 子供の頃に読んだ『指輪物語』や『ゲド戦記』など、 私にとっての「大作」といえば、三部作だった。 だから、そのスタイルで書くことは、いつもとても自然なことだと感じていた。 ファンタジーというのは、大掛かりで長い物語になりがちだし、広大な世界観や多くの登場人物が登場するものだ。 だから、何冊もの本になると、 3冊がちょうどいい数に思える。 君が言及した登場人物たちの多くは、ひどいことをする。 それでも、読者は彼らに愛着を抱くのだ。 欠点はあるが、最終的には共感できるキャラクターと 見捨ててしまうようなキャラクターとの境界線はどこにあるのだろうか? 境界線なんてあるのかどうかは分からない。 私の立場としては、その境界線はないという傾向にあると思う。 もしキャラクターの頭の中に入って執筆しているなら、 その動機を理解していて、それが理にかなっているなら、 そのキャラクターの考え方に魅力があり、 何よりも、個性的で魅力的なユーモアのセンスがあり、 そうであれば、ある意味、そのキャラクターは何でも許されるのだ。 例えば『アメリカン・サイコ』のような本を思い浮かべる。 その行動はまさに底知れずひどいもので、 想像しうる限り最悪中の最悪、最も忌まわしい人物だ。 それでもそこには機知とユーモアがあり、 だからこそ、その人物について読むのは興味深いのだ。 読者としてその人物を好きになる必要はないが、興味深いと思わなければならない。 だから、結局は、その人物の視点に立ち その人物ならではの機知と、魅力的な語り口を与えることが重要だと思う。 では、ファンタジーにおいて「贖罪」は過大評価されていると思うか? そうなることもあると思う。それが唯一重要なことではないからだ。 キャラクターは贖われることもあると思うが、 贖いを求めようとしているように見え、 救済に手が届きそうになりながら、最後の瞬間に失敗してしまうようなキャラクターにも、また別の魅力がある。 僕にとっては、それがとてもリアルで自然なことのように感じる。 私たちはしばしば、こうした行動パターンに囚われてしまう。 人間として、そこから抜け出すのは非常に難しいのだ。 慣れ親しんだ環境を離れ、 新しい仲間を見つけ、新しい振る舞い方を模索することもできるが、 しかし、慣れ親しんだ環境に戻ると、 往々にして、以前と同じ行動パターンに戻ってしまうのだ。 つまり、こうした変化や成長の滑らかなパターン フィクションや英雄ファンタジー作品によく見られるような、 それが必ずしも現実世界を反映しているとは限らないと思うし、 私は、リアルで本物らしさを感じる物語を書くのが好きだ。 そして、時には人は失敗することもある。 『ハーフ・ア・キング』について聞かせてほしい。 確か、20年近く前だったか? ああ、そうだな。『ザ・ブレイド・イットセルフ』が僕の最初の本で、 あれはちょうど20年ちょっと前のことだ。 2007年だ。 その通りだ。 『ハーフ・ア・キング』は、その3、4年後だったと思う。 その本、その物語、そのメッセージは 今の観客の心に響いていると思うか? つまり、今でも通用すると思うんだ。 つまり、僕は運がいいんだ。なぜかいつも、 たぶん偶然だろうけど、よく分からないけど、 たぶん偶然だろうし、自分でもよく分からないが、 いつもちょうどいいタイミングで、何かの波に乗れてきたようだ。 だから、市場で必ずしも主流になる前の時期に、 ちょっと生々しくて、下品で、少し非道徳的なファンタジー小説を書いていた。 だが、私が執筆している間に、市場はまさにその方向へと大きくシフトしていった。 私が参入した時には、市場はすでに準備が整っていたようなもので、 それは私が予想もしていなかったし、準備もしていなかったような形だった。 だから、出版業界でのキャリアを通じて、もし一つだけ言えることがあるとすれば、 それは運が良かったということだと思う。 市場が私の先回りをしてくれた。これは本当に、本当に嬉しいことだ。 もちろん、それは本当に嬉しいことだ。 それと、ビデオゲームについても聞きたいと思っていた。 君がビデオゲームにとても興味があるのは知っている。 僕たちは、主に――というか、以前は主に、ビデオゲームのインサイトを提供していたんだ、そうだろう? ああ、そうだね。 では、その二つの側面、あるいは一つの側面が、君にどのようなインスピレーションを与えているのか? プレイすると、物語の展開を違った視点で見られるようになる。 例えば、インタラクティブな物語から、 静的な本でもできることに気づくんだ。 では、逆に君に聞いてみよう。 ああ、つまり、ビデオゲームは常に、僕の活動において非常に大きな部分を占めてきたんだ。 つまり、ある意味、僕はちょうどいい年齢なんだ。20代後半、正直言ってかなり後半だけど、 ビデオゲームと共に本当に成長してきたには、まさにぴったりの年齢だ。 だから、僕が4歳か5歳の頃、初めてコンピュータを手に入れたんだ。 あれは、確かAcorn Atomの2Kだったと思う。 とても印象的だった。 その後、なんと12Kまで拡張した。 まさに圧巻だった。 だから、初期のビデオゲーム体験の多くを覚えている。 ずいぶん昔、BBCで遊んだ『エリート』だ。 成長期には、アタリSTの『ダンジョンマスター』もプレイした。 つまり、これらはすべて、10代の私にとって学びの多い年月だった。 本当に、魅力的なものばかりだった。 そして、それはおそらく、若者たちが本に反応していた頃のことだろう。 僕も本に反応していたし、ビデオゲームにも反応していた。 あの時代には、空白の多くを自分で埋めていかなければならなかったのだろう ある意味、登場人物たちに対して自分なりの背景ストーリーを想像していたのだ。 だから、それらは想像力をかき立てる上で、とても強力だったと思う。 つまり、ある意味では、それらが私の最初の執筆体験だったのだ。 画面上にほんの数ピクセルしかなかった頃の、 自分が遊んでいたゲームの背景を肉付けするようなものだった。 まるで想像力をかき立て、空白を埋めるようなものだ。 それは面白いな。 逆に、君はビデオゲーム制作に挑戦してみたいか? 君の文章から、道徳的に曖昧なRPG体験が想像できるよ。 もちろん。 ああ、まあ、時々話題に上がる話ではあるんだ。 それに、とても魅力的な分野だ。 明らかに、そのビジネスはとてつもなく巨大になりつつあり、映画やテレビよりもはるかに大きく、 本よりも大きくなっている。 そして、時が経つにつれて、さらに大きくなっていくことは間違いない。 だから、間違いなく執筆にとって肥沃な分野だ。 しかし、作家たちは依然として、ある程度、 デザインやプログラミング、そして商業的な要素に左右されざるを得ない部分があると思う。 だから、本の作家としてこの分野にうまく入り込むのは難しい。 著者としては、自分の作品に対して完全な決定権を持っている。 これはプレッシャーにもなり得るが、同時に大きな自由でもある。 だから、自分の思い通りにすることに慣れている身として、今どうすべきか、正直よく分からない。 指示通りに動かなければならない状況に、どう対応するかは分からない。 もしかすると、君がすでにやったことで、ビデオゲームとして適していると思うもの、 映像化としてふさわしいと思うようなことはあるか? もちろん。つまり、それは常に可能性としてある。 それは、適切なチームや人材、 適切なアプローチとバックグラウンドを持つ適切な人物に 君のもとに来て、「これをやりたい。やり方はこうだ」と言ってくれるような、 ある意味、映画やテレビの映像化においても、求めているのはそういうことだ。 「君の作品が大好きだ」と言って近づいてくるような人物ではなく、 「君がやってきたことをそのままやろう」と言うような人ではない。 でも、「君の素材を使ってこんなことができるというビジョンがあるんだ」と言う人だ。 その旅を一緒に体験してみよう。 だから、もし適切な人たちとの機会が巡ってきたら、 迷わず飛びつくだろうが、今のところまだぴったりの案件には巡り合えていない。 だから、常に耳を澄ましているんだ。 ああ。ところで、翻案の話が出たからには、もちろん聞かざるを得ないのだが、 それに、昨日観客から『悪魔たち』について質問があったと思う。 もちろん。 何か新しい情報があれば教えてほしい。進捗状況などについて何かあるか? もちろん。 ああ。 ジェームズ・キャメロンは1、2年前、 『ザ・デビルズ』が初めて出版された時に、その映画化権を買ったんだ。 だから、現時点で言えるのは、現在制作中だということだけだ。 こういうことはいつも、本当に、本当にゆっくりと進むものだ。 そして、彼のような人物と関わっている場合、 その背後にこれほどの重みがあること、 そして、その背後にある創造的な力が支えてくれるのは、本当に素晴らしいことだ。 だが同時に、彼のペースに合わせて進めなければならないし、 彼には他にもやることが山ほどある。 だから、サウロンの目が このプロジェクトに戻ってくるたびに、断続的に進んでいるんだ、わかるか? だから進んではいるが、こういうことに関しては決して期待しすぎないほうがいい。 もちろん。 長い間かけて学んだんだが、保証なんてないんだよ。 それぞれの段階で、できる限りのことをするしかないんだ そして、すべてがうまくまとまることを願うだけだ。 だがその間も、世界観の構築には取り組み続け、 三部作の枠組みを固め、 そして続編のタイトルが『The Heretics』だと わかったばかりだ。 ああ。 何か教えてくれるか、あるいはファンに この第2作に何を期待できるか、話してもらえるか? うーん、ある意味、いつも同じようなものを提供しようとはしているんだ。 つまり、人々に そもそも自分の作品で気に入ってもらえたようなものを、読者に提供したいんだ。 僕にとっては、それはアクションと ユーモア、そして予想外の方向へ展開していく 生き生きとしたキャラクターたちの組み合わせだと思う。 だから、それが私の作品において常に普遍的な要素だと思う。 『デビルズ』は、ある意味では、 これまで私が手掛けてきた他の作品よりも、もっと楽しく、 もっとテンポが速く、読みやすい作品になることを意図していた。 私の他の作品よりも、そういう作品にするつもりだった。 そうだ。 そして『The Heretics』はその路線を引き継ぎ、スケールを少し広げ、 新しい登場人物や新しいアイデアも盛り込まれている。 舞台は主にドイツで、魔女がたくさん登場する。 基本的にはそんなところだ。 ドイツには魔女がたくさん登場する。 わかった。 わかった。 興味深いな。 さっき第一法則について触れたが、 これは同僚のアレックスからの質問だ。 もちろん。 彼はこう言っている。「『ザ・ファースト・ロー』の登場人物のうち、 どのキャラクターを『ザ・デビルズ』のチームに連れてくるか?」 ああ、それは面白い質問だな。 『ファースト・ロー』には嫌なキャラクターがたくさんいるけど 、彼らならきっとうまく馴染むと思う。 ただ、『ザ・デビルズ』に馴染むには、 少し超自然的な雰囲気が必要だ。 だから、シェンクトのようなキャラクターが適していると思う。 謎めいていて、人間の肉を好むような シェンクトのようなキャラクターなら、 そのチームにうまく馴染むかもしれない。 なるほど、それはいいアイデアだ。 よし、最後の一つだ。 『ラブ、デス&ロボット』は本当に大好きだ。 ああ、もちろん、そうだ。 確か、君はそのうち3つのエピソードを執筆したんだね。 ああ。 興味深いことに、それらのエピソードは 他の作家によるものだ。 ああ、もちろん。 それに、もちろん、それらははるかに短い。 あなたの三部作や本に比べれば、短いものだ。 では、これについてどう感じたか、 他人の作品を脚色することについて そして、非常に短く、インパクトのあるものにすることについて? ああ、まあ、全体として本当に興味深い試みだったよ。 だから、僕はかなり多くの仕事をこなしてきたんだ。 自分の作品を映像用に脚色することにも、 もっとも、あまり成功はしていないと付け加えておくべきだろう。 また、他の作家たちとも仕事をしてきた 彼らの本を映像化するためにも協力してきた。 つまり、もっと長いフォーマット、1時間程度のフォーマット あるいは映画のような形式のものだ。 ですから、ある意味では、『ラブ、デス&ロボット』に携わることは 自然な流れだったと言える。 ほぼすべての物語が 短編小説を原作としているか、何かを脚色したものだ。 そして、ある意味、それは苛立ちを覚えることもある すでに物語が存在していることには、 とはいえ、概してそれはとても良い変化だと思う というのも、 すでに大筋が確立されているものに飛び込めるし、 構造も整っているし、 すでに人々に好かれ、楽しまれている形があり、 それを そのフォーマットにとって最も効果的な方法で また、それを焦点となるポイントに絞り込むこともよくある。 というのも、中には5分ものものもあるし、 15分や10分のものもあるが、中には非常に短いものもあるからだ、 だから、すべてを 最も効率的な形に絞り込むことが重要だ。 そして、それは実にワクワクするような機会なんだ。 それに、素晴らしい監督やアニメーターたちと仕事ができるし、 素晴らしいアイデアを持つ人々と仕事ができる。 作家として、それは楽しいことだ 普段は一人で仕事をしている 作家にとって、 時には拙いアイデアもあれば、 時には素晴らしいアイデアもあり、 まずその拙いアイデアを一つずつ乗り越えていき そうして、うまくいけば物語の最高の形を見つけられるんだ。 将来的には、そこでオリジナル作品を発表したいと思うか? 『ラブ、デス&ロボット』で、ジョー・アバークロンビーによるオリジナル作品を 期待してもいいだろうか? まあ、可能性は常にあるし、 だから、次のシリーズでもまたいくつか手掛けるつもりだ。 いくつかのエピソードは、すべて他人の作品を原作としたものだ。 これも原作を基にしたものか? ああ、その通りだ。 いつかオリジナル作品も出るかもしれないな。 君はそういう、 この形式にぴったりの、まさに「ダイヤモンドのような」アイデアを、 待っているんだろう。 僕はどちらかといえば長編派で、 だから、いつかそれが実現するといいな。 そんなアイデアが浮かんでくるだろう。 ダイヤモンドのような輝きを持つ物語が書けるだろう。 たぶんここアビレスで、 君はこの街をよく知っているし、 君の作品の中にもアビレスについて触れているものがあるし、 だから、本当に嬉しいよ。 これ、すごく気に入った。 ジョー、時間を割いてくれて本当にありがとう。 残りの『Celsius』も楽しんでくれ。 こちらこそ、君もね。 君もね。 じゃあな。 じゃあな。"

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